それ故の彼:ReWrite

  僕たちはこうして仕事のあと二人で集まって話をする。いつもする。仕事が忙しいし、休みの日が同じでないので会う時間がないのだ。だからこうして仕事終わりに公園のベンチでデートする。とりとめもなく話すのは楽しい。
「いとくん辞めちゃったね。あたしたちのこと知ったからかな?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないけど、気に病まないことだよ」
「そうだよね……。忙しくなるね、これから。人足りないね。……デートできんすね」
 同僚のいとくんのことをこうして話すのは初めてだけど、二人ともなんとなく察していた。彼が辞めたのは、僕たちに対する仕打ちだったのではないか。
「一緒にこうして仕事終わりに話せたらいいよ。一緒の職場なんだし」
「三人でこの前呑んだとき。あの帰りの朝、いとくんとみた花が忘れられない。すごく綺麗だったの」
 僕たち三人はよく三人で呑んでた。グダグダ何を話すわけでもなく、そうしてるのが楽しかったのだ。
「ふーん」
「オールしたからかなんか目が冴えてて、やたら輝いて見えたの」
「酔っ払ってたんじゃないの」
「そうかもね。なんかやたら瑞々しいというか。霧吹きでも掛けたみたいだった」
 いとくんの話をする彼女は目がうるうるしてる。なんだか嫉妬してしまう。いとくんは仕事もそれなりにできるし、彼がいなくなるのはやっぱり僕たちにとって痛手だった。
「いとくんが辞めたの、やっぱり俺たちのせいかもな」
「うん……。ね」
「俺たちのこと、もっといろんな人に応援してもらえてたら、こんなことにはならなかったのかも」
 2ヶ月くらい前から僕たちは付き合ってる。二人のことは知っている人は知っているけど、職場の全員が知ってるわけじゃない。上司と、僕たち二人だけ。
「なんか、隠しちゃってたもんね。そんなつもりなかったけど」
「結果的には、ね。いとくんはずっと知らなかったわけだし」
「そうだよね。あたしたち、裏切るつもりじゃなく裏切ってたのかも」
 恋愛に不慣れな僕たちはそのことをどう人に伝えたらいいのかわからなかったのだ。闇雲にことは運んだし、上司が知ったのもたまたまだった。なんとなく、いとくんが知ったらどうなるのか、見当がついていたのかもしれないと思う。
「いとくん、君のこと好きだったんじゃない?」
「ないよー。ないない。絶対ない」
「そうかなぁ? なんでそんな言い切れるのさ」
「うーん? 勘かな」
「今度の送別会で訊いてみたら?」
「ムリ」
 彼女がそんな不躾なことを言わないことはわかってる。こんなこと言ってしまう自分が情けなくなってくる。なんなんだよ。
「あたしたちいとくんのこと弄んでたのかな。もっとやりようがあったんじゃないかな。こんな風にしか結ばれなかったのかな、あたしたち。いとくん辞めなくて済んだんじゃないかなぁ」
 うまくやっていたら違う結果になっていたかもしれない。でも、もう起こってしまったことは取り返しがつかない。いとくんは戻ってこない。辞めてしまったのだ。
「でも、もうムリだよ」
「うん……そだね。あたしたちだけでも楽しくやらないとね。人手ないけど」
 こうして二人で働くことが、こうして二人で会うことが楽しいのだろうか。僕には解らなくなってきている。何が楽しくて、何が幸せなんだろう。
「また三人で呑みたいねー。いとくんの卒論終わったら会えるのかな」
「それは訊ける」
 三人で連んでるのが楽しかったのかもしれない。彼女の魅力も、僕の弱さも、いとくんが居たから輝いてたんじゃないか。僕たちは大事なものを失ったのかもしれない。
「また三人で遊びたいよね。もう、ムリなのかなぁ。逢えないのかなぁ」
 二人で逢ってることがなんだかどうでもよくなってしまった。この焦燥は仕事が忙しいせいだけではない。失ってしまったものが、僕たちにはある。それはもう、取り戻せないかもしれないのだ。

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