言いたいこと

「何か言いたいことあんじゃないの?」「いや、別に」「ならいいけど。それじゃ、もう行くから」「もう行くの?」「何よ?」「いや、別に」「なに?」「いや、別に」「はっきりしてよ なんなのよもう」「いや、いいんだ」「言い淀んでる感じ気持ち悪いんだけど」「いや、いい」「あっそ」
 何かを言い淀む時。相手を気遣っているのか。自分の気持ちをうまく言葉にできないのか。うまく伝える自信がないのか。相手の方がよく考えてる事に対して何かいうことを躊躇うのか。つまり自分の方が浅いことを躊躇ってしまうという事もあるかもしれない。
 こんな秋晴れの気持ちの良い日に君を誘えないのはなんだか憂鬱。だけどそれを何かの所為にして、ぼくは君を見送ってしまう。君は行ってしまう。確かに言いたいことはあったのだけど、そしてそれは面と向かってしか言えないことで。そういうことってあるでしょう? だけど、ぼくは躊躇して、この場に立ち尽くしている。もうどうしようもないかもしれない。
 この場で君を誘わなければ、君と歩くことはできない。もう一生そのチャンスはないかもしれない。なにかを彼女の中に残してしまったまま、ぼくは立ち尽くしてる。こんなことなら何も残さない方がましだった。彼女の内部にひとかけらだって自分なんて人間を入れるべきでなかった。そうすれば、こんな思い、することもなかったかもしれない。
 彼女の背中が見える裡に、ぼくはもう呼び止めている。
「カナさん……! ちょっと歩きませんか?」
 パッと彼女が振り向いて、こっちに歩いてくる。
「良いよ。駅まで行く?」「はい」
 こうして喋りながら彼女と歩いてみたかった。それは何処でも良いってわけじゃないし、何時でも良いってわけじゃない。この場で今じゃないとダメなんだ。こうして自分で引き止めて、二人で歩くことに意味がある。
 彼女は多分ぼくより考えてる。それでもぼくは考えなくてはならない。考え続け、行動し続けないことには、彼女のそばに生きることはできないだろう。その一歩としての、その宣言としての。
 「もう秋だねー気持ちいいねー」「そうだね」「何か言いたいことがあったんじゃないの」「いや、一緒に歩きたいなと思いまして」「ふーん」

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