孫のかおと人間ドック

 居間に夫と娘のふたり。娘の声だけが聞こえてくる。

「最後に健康診断受けたのいつ?」「え? そんな前なの。それっていつよ? もう歳なんだから受けた方がいいよ」「億劫なのはわかるけど……。60過ぎたら毎年受けないと」「生きてても死んでも一緒って、生きてる方がいいじゃない」「そんなこと言わないの! 健診予約しよう。ネットでできるから。なんなら人間ドックフルコース行く?」「まぁ、それは面倒よね。私も行くの嫌だし」「そうねぇ。とりあえずカメラは飲んでね」「私が小さい頃胃の手術してなかった?」「そうよねぇ。糖尿もあるし、絶対行った方がいいよ」「んじゃ、いま電話するからね」「何? 遅いか早いかだけだ、って、遅い方がいいでしょ。孫の顔見たくないの? 私まだ結婚しないよ。まだ生きててもらわないと」「でしょ? じゃ、健診受けてもらうからね」「いずれは死ぬって、当たり前でしょ? 長生きしたらいいことあるって、ね?」「ちょっと我慢したら、それで少しは違うんだから。病気見つかったら大変よ?」「だから行くんじゃないの」「父さんは長生きする気が無さ過ぎるのよ。孫の顔見せたいんだから」「まぁそのうちに。彼氏はい、ま、せ、ん!」「とにかく健診ね。近所のお医者さんでもできるはずだから、ね?」

 ここで居間に入って行くと娘に話を振られた。

「お母さんも健康診断受けてるの? 受けなきゃダメだよ」

「そうねぇ。いいわよ。私は病気したことないし」

「そういう人の方が危ないっていうよ。その歳になったらいつ病気になってもおかしくないんだから」

「その前にお父さんよ。私はお父さんが行ったら、行くわ。ずっと行きなよって勧めてたのよ。あんたからも言ってよ。ねぇ?」

「いま言ってたのよ。頑固なんだから、もう」

「孫の顔が見たいもんだねぇ」

「ふたりの人間ドックとどっちが早いか競争だねー」

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