独りと一人
図書館の自習室に入ると、話し声が聞こえてきた。誰かが喋っているようだけど、一人の声しか聞こえてこない。なんとなく声の主が気になってのぞいてみると、独り言をいっているらしい。男の人。迷惑な話。
本人は話してないつもりなのだろうけど、脳内話声が筒抜けである。思ったことが口をついて出てきてしまう質の人らしい。こんな声が聞こえてくる。
「今日の夕飯何かなー。カレーがいいなー。あー、カレー食いたくなってきた。メールしてみよっかなー」
結構はっきりと言っている。耳栓しているわけでもイヤフォンしているわけでもないようだ。今晩の夕食のレシピの予定までわかってしまった。ここにいる人みんなカレーの気分になってるだろうなと思う。
「あっ、LINE着てんじゃん。」男はまた囁きだす。この場で電話でも始めるんじゃないか。「おっ、今晩カレーじゃん、よっしゃーすげー!」すごい奇跡を目撃した。以心伝心とはこのことか。それにしても迷惑なのだが。誰か黙らせろよ。
この自習室にいる全員が意を同じくしていると、エアコンを調整しに職員の人が入って来た。注意してくれるかもしれない。
「……。」
しかしこんな時に限って独り言を言わない男。なんだか笑えてくる。職員が出て行くと共に(ちっ)という舌打ちが聞こえた気がした。みんな固唾を呑んで男の独り言に耳を傾けている気がする。
と思うと同時くらいに男が泣き出したのである。男泣き。(どうした!?)という雰囲気が室内に漂っている。「男の子かぁ……! 名前どうしよう」(産まれたの?!)全てを察した部屋の人々はみな、それなら早く帰れよ、と思っているに違いない。
「よし、帰るかぁ。勉強の今日はおしまい。任務完了だし、病院だな。そのあとカレーだな。今日はいい日だな!」(ほんとだね)とみんなが思ってるに違いない。謎の一体感。
産まれてくる子供のあだ名は『カレーくん』だな、と私は思った。
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