台風一過
「きのうなに食べた?」
男は女に訊く。
「なに急に」「いや、なに食べたんだろうと思って」
女は正直に答える。なんなんだと思っているようだが、答えられない質問ではないし、応えられない相手でもないようだ。二人は公園のベンチに居る。昨晩の台風が過ぎ去って、池の柳の木は太い枝が無残に折れている。今日は台風一過だ。
「んーと、ゴーヤーチャンプルーとかさつまいもの煮物とか」「ちゃんと食べてる?」「食べてるよ。ほんとにどうした」「いや、なんとなく心配になって」
女はそれが愛の表現であると気がついていない。人は食事しなければ生きていけない生き物である。女は心配されるほどに痩せている。
「心配には及びませんよ。健康だし、食べてるよ。大丈夫」「そう、なら良いけど。この間のお見合いどうだった?」
男はドキドキして訊いているのだろう。おそらくこれが訊きたかったのだ。公園まで女を引っ張り出してきたのもおそらくこの為だろう。
「うーん、お見合いなんてするもんじゃないね。良い人紹介してよ」
通りがかった人が折れた柳の写真を撮っている。管理者に報せるのかもしれない。男はほっとしつつ応えるている。
「えー? それ、俺に言う?」「? なんで?」「いや別に。うーん。どんな人が良いのさ?」
男は尚もドキドキしているようだ。しかし勘付かれていないのは、好都合だし、不都合なのだと思う。この矛盾した自分をなんとかいい方へ持って行きたいと思っているに違いない。
「んーとね、んー、ちゃんと自分を持ってる人」
女も正直そうに答える。お座なりにできるような相手ではないし、少なくとも女にとって、誠実にしていたい相手なのだ。男は運がいい。
「なるほど。俺にはどんな人が良いのか訊かないの?」「えー? いいよ別にぃ。てか彼女いないんだ? ふーん」「そうだよ、……お買い得だよ」
ふと出た言葉。これは本心なのだろうか。不意に一気に迫ってしまったようだ。
「ふーん」
「……。」
たまらない沈黙が流れる。女が破る。柳を眺める人がもう一人来る。ジッと見ている。けっこう太い枝である。
「だまんないでよ」
「そっちこそ」
なんとなく気になることがふっと女の口を衝いて出てくる。
「きのうなに食べた? そっちこそちゃんと食べてんのかよー」「俺はコンビニ飯とかカップラーメンとか。台風で外出るの怠くて」
女からの途端に距離の縮まる一言が続く。柳には鳩。
「ふーん。今度作りに行っちゃるわ!」「え? 本当? 家片付けとくわ」「いいよ別に」
『いいよ別に』が、片付けなくていいということなのか、作りに行くことを気にしなくていいということなのか、判然としないまま私はその場を立ち去ったのだった。
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