それ故の彼

「いとくん辞めちゃったね。あたしたちのことわかったからかな?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないけど、気に病まないことだよ」
「そうだよね。忙しくなるね、これから。人足りないね。……デートできんすね」
「一緒にこうして仕事終わりに話せたらいいよ。一緒の職場なんだし」
「三人でこの前呑んだじゃん。あの帰りの朝、いとくんとみた花が忘れられない。すごく綺麗だったの」
「ふーん」
「オールしたからかなんか目が冴えてて、やたら輝いて見えたの」
「そうなんだ。酔っ払ってたんじゃないの」
「そうかもね。なんかやたら瑞々しいというか。霧吹きでも掛けたみたいだった」
「いとくんが辞めたの、やっぱり俺たちのせいかもな」
「うん……。ね」
「俺たちのこと、もっといろんな人に応援してもらえてたら、こんなことにはならなかったのかも」
「なんか、隠しちゃってたもんね。そんなつもりないケド」
「結果的には、ね。いとくんはずっと知らなかったわけだし」
「そうだよね。あたしたちは裏切るつもりじゃなく裏切ってたのかも」
「君のこと好きだったんじゃない?」
「ないよー。ないない。絶対ない」
「そうかなぁ? なんでそんな言い切れるのさ」
「うーん? 勘かな」
「今度の送別会で訊いてみたら?」
「無理」
「ですよねー」
「あたしたちいとくんのこと弄んでたのかな。もっとやりようがあったんじゃないかな。こんな風にしか結ばれなかったのかな、あたしたち。いとくん辞めなくて済んだんじゃないかなぁ」
「でも、もう無理だよ」
「うん……そだね。あたしたちだけでも楽しくやらないとね。人不足だけど」
「また三人で呑みたいねー。卒論終わったら会えるのかな」
「それは訊ける」
「んじゃ、よろ」

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