嘆きの壁

 たくさんの人がその場所を訪れて、心を表していく。それは信仰であり、信条であり、そして、人生についての「嘆き」である。訪れる人々は皆、ここに心を置いていく。壁の人の背丈の高さには、色が変わっている部分がある。人々がそこに触り、嘆くからだ。
 その壁は様々な嘆きを聞いてきた。それはきっと、人々の人生の嘆きである。そういうものがこの世界に在って良かったと思う。この世で一番澄んだ場所は、嘆きの壁であるかもしれない。
 人々は其処に行き、嘆く。それだけなのだけど、それは大事なことだ。人種も性別も宗教も年齢も、生まれたところや信条をも超えて、人々は其処に集まり、嘆くのだ。
 発することで人の心が救われる。ただそれだけなのに、人の心は浄化する。それによって直接なにかが解決するわけではないのだけど、発声することによって、気持ちの整理がつくのだろう。その場に来て、何を発言するのか、人は何かを考えるであろう。それによって自分を知ることになるだろう。
 壁は壁である。だが、壁である。壁を反射して聞こえてくる人々の声は、きっと、嘆きを嘆きでないものに変えているだろう。それはよもや救いの声となっているのかもしれない。
 みんなどこかで話したいことがあるだろう。それを聞いてくれる相手を求めているものだ。自分の声が反射して聞こえてくるこの壁に、人が集まってくる理由がなんとなくわかる気がする。
 壁に嘆くことで、何かがその人の中で変わるのだ。発声することで変わるのだ。哭くがいい。叫ぶがいい。ここではそれが日常なのだ。そうしてまた元の生活に戻っていくがいい。この世界の片隅に、この壁が在ってよかった。

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