she loves him, and he loves her.

 彼女は彼を眺めてた。彼は最近何かに打ち込んでいる風だった。だがそれが芽を出す気配はない。彼はとても忙しそうだった。彼女は彼の力になりたかった。彼女自身は有意義に暮らし、なに不自由なく暮らしていた。しかし、どこか、退屈なのだ。
 「すみません、これずっと借りっぱなしで」彼は彼女に言う。「いいのよ、まだ借りてても、」彼女は応える。彼は鞄からそれを取り出すと彼女に手渡した。そして、一瞥。「いや、次のがあるから、もういいんです。ありがと」「そう」。彼女は笑って応じる。「わたしも」「こんど、話しない? お礼もしたいし」「いいよ。いつでも」「んじゃ、また今度」「じゃね」。
 彼女は彼の何かのきっかけになればいいと思ってた。けしかけてやるくらいの気持ちだった。彼を変えてしまいたかったのかもしれないけれど、そう簡単に人間は変わらないことも知っていた。自分が人に変えられようとしていると気がついたら、ゾッとするだろう。愛し合っているならまだしも。
 彼は彼女にとても感謝していた。しかし、そのことをうまく伝えられなかったと悔いていた。だから食事に誘ったのかもしれない。
 彼はまだ彼女の視線に気がついていない。彼女は彼を見ている自分を意識していない。なんとなく見ている風に、しっかりと彼の足取りを追っていた。気になっていることに意識的でないのだ。
 けしかけるといって、どうすればいいのか、わからない。ただ彼の望みを叶えているだけではダメなのだ。彼女だって彼を媒介に満たされたい、成長したい。できることがあるはず。
 駆引、焦燥、憧憬、尊敬、愛情。
 互いに刺激し合える関係ならば。互いに成長できる関係ならば。こんなに成ってしまうわたしをわたしは知らない。この人といたら、永遠にどこまでも行けるだろう。新たな生命は幸せをたくさん産み、わたし自身も連れ合いとわたしを幸せにできるであろう、という人。そういう人と出逢えたならば。
 「君でないと駄目なんだ」「わたしも」「うれしい」「わたしも」。

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