遠く離れて もう一つの話

 彼がもうすぐ帰ってくる。宇宙から。今、あの地平線にいる。あそこが輝いて見えるのは、彼がいるからかもしれない。もうすぐ彼と会えるのだ。
 この数年で私たちは変わってしまった。少なくとも、私は変わった。定期的に連絡を取り合うといっても、毎日とはいかず、あくまで定期的に、である。彼はそうすることを望んだが、私はこの数年とても忙しかった。宇宙勤務のように定時に全てが済むわけでもなく、毎日違ったことをし、毎日違う一日を生きている。それでも、彼との関係は変わっていない、そう思いたい。逢ったらすべてわかるのだろう。
 宇宙から帰った彼はひどく疲れていた。コップを何個も割ってしまったし、重力というものの不便さを笑っていた。彼はこの重力に慣れるより先に、また宇宙に戻る。束の間の地球。
 彼も私もそんなに変わっていないように一見みえる。しかし私たちの関係はそれ以前とは違うような気がする。この数年保たれていたように見えていた関係は変質してしまっていた。以前がどうであったかなんて、よく覚えてもいないし、表面上はうまくいっているように見える。だけど、彼もやはり変わったのだと思う。
 どう変わったかは、はっきりわからない。私だって変わったし、お互い様かもしれない。
 それでも私は彼のことが愛おしいし、彼も愛情を示してくれる。それを私は受け入れる。人は変わりつつ、そしてその関係は変わらないものなのかもしれない。互いが対応しつつ、変わらないように、この壊れそうな何かを必死に守っているのかもしれない。みんな、そうなのかもしれない。なにかを飲み込まない関係なんて、ありえないと、私は思う。
 私はただ待つだけ。
 彼が宇宙に帰る日が近づいてきた。こんだけ宇宙にいると半分宇宙人だ、みたいな話を彼が笑いながらした。そうなのかもしれない。私の愛する人は宇宙人なのだ。ワレワレはみんな宇宙人であり、地球人だ。空と宙の境界がなくなって何年も経つ。容易に行けるようになった宇宙。どんなに身近になっても、私と彼を隔てる距離には違いはない。
 あのひかりの一つに彼はいるのだ。輝き以上に明るく見えるのは、彼がいるからだ。とても美しい。彼に見せたい。

 参照
遠く離れて

https://otona-to-kodomo.blogspot.com/2017/08/blog-post_28.html

コメント

このブログの人気の投稿

寝付けない私に、母が話してくれたこと

どう思われてもいいという思考

つっかえたものを取ること

人とひとが出会うことの表現の可能性を知りたい

言葉の力を思考/施行する

正しいからしても良いと思うと、間違っていることに気がつかない

補助輪