コンプレ

 この二人、父娘である以上に似ている。大方は娘が真似ているのだ。離れて住むようになってそれは顕著になった。娘が好きになる人も皆自分の父親にどこか似ている。多くの女性がそうであるように、娘は自分の父親の面影を男性に求めている。それが一番近しい異性としての男であり、それはつまり一番目に触れてきた男である。遺伝子上の重なり以上に、共に暮らしてきた男に似た人に惹かれるのは当然かもしれない。
 父の好きなものはたいてい娘も好きになる。父の憎むものは娘だって憎む。娘はコーヒーが好きだし、Tシャツは首から着る。まるで自分がないみたいに娘は父親のコピーである。父の言われた通り進学し、就職し、今日まで生きてきた。家を出るとき、すがるような気持ちだった。「結婚」という言葉を父の前に出すのが辛い。きっと父は泣くだろう。娘だって辛い。
 娘はうまく人を愛せないのかもしれない。どこか父親がちらつくのだ。父に憧れもし、忌避もする。そうありすぎてはならないと思う。だが、いつもその面影を追い求めてしまう。
 小さい頃から育てられてきた、という呪縛はおそらく一生解けないだろう。父の愛した人間と、父自身の遺伝子でできた娘。父の愛した人間と、父自身によって手懐けられた娘。ずっとわたしは父の呪縛の中に生きるのだろうかと、娘は思っている。父と似た男を愛し、父に認められた男と結婚し、父と似た人を産むのかもしれない。その人生が「父」であるのは、生まれさせられた時からの定めかもしれない。──父の呪縛。
 この世の中のすべての女性がそうだとは言っていない。だが、父親を無視して一生を遂げる人間はいない。どこか、匂っている。それは、まず父が「男性」であるからだし、父親像というものを実父しか知らないのだから、当然なのかもしれない。
 父親以外にも男はいる。この世の人間の半分は男である。この世には様々な人間がいて、それぞれの意志によって活動している。父親だけが男でない。それでも、父の呪縛というのはある。父親しか知らない女性はほとんど不幸かもしれない。
 娘は、父のことを慕ってる。この歳になってようやく結婚を決意できた。それは父親とは似ても似つかないひと。父親の呪縛を逃れることができたのは、なぜなのか。結婚とは娘にとって、新たな父親を模索するか、父親に烏合するかの二択なのかもしれない。娘は新たな父親を模索した結果、実父とは違う人生を歩み始めたのだ。
 しかし、永遠に父親は娘にとって影である。呪縛は一生解かれないだろう。新たな<せい>を選んだとしても。

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