煩悶

──あの人、あの時、こんなこと言ってたわ。君のことを本当に愛してるのか、今の僕には解らない、って。これどういう意味? 愛してるかどうか解らないことなんてあるの? 
──僕にはあるよ、この人を本当に愛してるんだろうか、って。愛されてるから、愛さなくてはならないんじゃないかって、強迫観念みたいに思ってしまうことが。好かれると、自分も好きにならないといけない、みたいに思ってしまう。
──そうなのかしら。私は真っ当に愛の表明をしてただけなんだけど、それってマズいことだったのかしらね
──そんなこともないけど、とにかく、好かれると好きになりやすいものだよ。振り向かなくても良いからずっと好きでいて良いですか? とか言われると男はコロッといっちゃうもんだよ。気にしないようにしても、気にしてしまうものだよ。どんなにその人が自分のことを知らないとわかっていても、自分がその人のことを知らなくても
──あー、それをナチュラルにやっちゃうのが、オンナってもんよね。態度でわかるもの、この娘あの人のこと好きなのね、って。目の輝きが違うわ
──態度だけで自分のこと好きだろうって感づく男はそうはいないと思うけど、そういう噂が周りまわって自分のところまで来た時にはもう落ちてるよ、大抵は
──ふーん。あの人も、そうだったのかしらね。私はストレートだったから。迷惑かけたのね
──迷惑ってことはないと思うけど。でも、愛してるかどうか解らないなんて、素敵ですね。その煩悶うらやましいな。
──それが最後だったのよ、あの人とは。それきりよ。結局、愛してないことにしたのよね、きっと。
──そう、かもしれません。でもそうじゃない理由で身を引いたのかも。自分の病気のこと知ってたとか。そういうこと、ないですか。
──……。わかんないわ、もう、今となってはね。お別れよ。何もかも。

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