沈黙と「君」

 僕は、病気でしゃべることができなかった。しゃべらないということを、どのくらい自分の理性を以ってできるのか僕にはわからないけれど、とにかく僕はしゃべることができなかった。僕にはしゃべりたい人もなかったし、まったく孤独だった。ほとんど笑うこともなく、ただ生きているだけだった。簡潔に言ってしまえば、いろんなことに絶望していた。
***
 でも、しゃべれるようになった。それはいろんなことを許せるようになったからだと思う。認めることができたからだ。受け入れることができたから。しゃべれなかったことが嘘みたいに当たり前のようにわたしはしゃべり、笑っている。
***
 君にしゃべりかけるということを、どのくらい理性でこらえることができるだろう。
 君を抱きしめるということを、どのくらい理性でこらえることができるだろう。
 君にキスすることを、どのくらい理性でこらえることができるだろう。
 君に恋することを、どのくらい理性でこらえることができるだろう。
 それらをこらえることはどれもわたしにはたぶん不可能だ。
 もしそうしたいのだとしたら、それは病いだろう。
***
「君」というブラックボックスを用意したなら。恋に恋い焦がれている高校生みたいなことを考えたなら。恋は素敵。こらえることのできないその厚かましさを、僕は愛する。「君」が許してくれるなら、しゃべりかけ、抱きしめて、キスする。
***
 病いのわけはきっと様々で。きっといろんな理由で人は口を閉ざしてしまうのだろう。
 僕の絶望が病いだったように、わたしのいつかの恋も病いなのだ。
 僕たちは恋してく。
 わたしたちは病んでいく。
 家族はできても、孤独はきっと癒えはしないだろう。
 今日も独りの夜を、「君」とふたりで。

コメント

このブログの人気の投稿

寝付けない私に、母が話してくれたこと

どう思われてもいいという思考

つっかえたものを取ること

人とひとが出会うことの表現の可能性を知りたい

言葉の力を思考/施行する

正しいからしても良いと思うと、間違っていることに気がつかない

補助輪